熊本県菊池市 DEAPS
少数精鋭で銘柄豚の普及に貢献 熊本県の養豚業を牽引
2025.07

有限会社DEAPS(ディープス)
代表:吉田秀一さん
設立年:2005年
本社:熊本県菊池市旭志弁利2800
従業員数:10人
農場規模:第1農場母豚180頭、第2農場母豚600頭
出荷頭数:1万6400頭/年

熊本県菊池市で県を代表するブランド豚肉「くまもとのりんどうポーク」を生産する有限会社DEAPS(ディープス)は、県下トップクラスの出荷頭数を誇る養豚家として業界を牽引している。阿蘇外輪山の麓に建つ2カ所の農場では合わせて母豚約800頭を飼養し、年間出荷頭数は平均で1万6400頭を数える。兄妹で力を合わせ、農場経営だけでなく市内に学習塾を併設したカフェをオープンするなど、食を通して地域に貢献する姿勢が注目されている。


安全・安心、そして新鮮さを追究!


代表の吉田秀一さん(48)は、大学で養豚や飼料設計について学んだ後、卒業と同時に実家の農場に就農した。2年前に父・秀孝さんが一から築き上げた農場を引き継ぎ二代目になる。2000年に就農した当時は母豚頭数が約150頭規模で、「子どもの頃は養豚業を継ごうとは思わなかったが、高校在学中に進路を考えた時、やってみたいと本気で考えるようになった」と、吉田さんは目を細めて笑う。
「DEAPS」という社名は「Do our best/Effort/Agriculture/Pig farm/Success」の頭文字を並べたもので、努力と最善を尽くし、成功する農場との思いが込められている。2005年に有限会社として登録した際に2人の妹たちと一緒に考えたという。

代表吉田 秀一さん



熊本県の県花・りんどうの名を冠した銘柄豚の生産に尽力
2005年に誕生した「くまもとのりんどうポーク」はハイコープを種豚とし、肉豚仕上げ期に指定飼料で育てたものの中から規格や品質にあったものだけが銘柄豚として認証される。DEAPSはブランド立ち上げ時から生産を開始し、現在ではJA菊池管内を中心に県内7戸の養豚農家が生産している。指定飼料には良質なでんぷん質を含んだ小麦の他、天然ビタミン・ミネラル成分を含む海藻粉末が添加されており、白く透明感がある脂身やきめ細かな甘みがおいしいと好評だ。現在は生産者の努力で年間約4万頭が出荷され、県内ではAコープや地元スーパー、県外では福岡県の「西鉄ストア」などで取り扱われている。DEAPSでは出荷頭数の約9割を「くまもとのりんどうポーク」が占め、銘柄豚の普及と維持に力を入れている。
給餌や換気システムを運用し、理想的な飼育環境を追い求める



LFSで夏場でも食べる量が落ちにくく、健康に育つとされている


農場では20年前から「リキッドフィーディングシステム」(LFS)を運用しており、規模拡大で2016年に新設した第2農場でも引き続き導入している。LFSは粉末飼料に水を加えて液体化したものを給餌する仕組みのため、一般的に食欲が落ちる夏場でも十分に栄養を与えられるメリットがある。DEAPSでは母豚から肥育豚に至るまで、すべての生育段階でLFSによる給餌方法を採用している。設備導入による初期投資額は大きくなるが、第1農場での実績を踏まえ、投資額を上回る効果があると判断し導入を決めた。
夏場の暑さ対策として、第1農場には豚の首筋に水滴を落とす「ドリップクーリング」の他、気化熱を活用した換気システム「クーリングパッド」が畜舎の外壁に取り付けられている。これは、気化熱を利用した冷却システムで、外気を取り入れる際に湿らせたパッドを通ることで豚舎内に涼しい空気が入り、豚舎内の温度を下げる仕組みだ。標高400mにある第2農場は夏でも比較的涼しいため、換気システムのみで対応できている。また、周辺に住宅などがない理想的な飼育環境といえる。第2農場には、浄水施設も設置し、両農場とも環境負荷の軽減に努めている。
自家製ベーコンを使用したサンドイッチが大人気!
第1農場近くにある「Linc.BASE(リンクベース)」は学習塾を併設したカフェで、地域住民の憩いの場として地元の人々に親しまれている。カフェのオーナーである次女で妹の真由美さん(42)は、熊本の私立高校で英語教諭を10年間勤めた後、大阪市内のカフェで3年間働き、2022年4月にリンクベースをオープンさせた。当初は学習塾のみを開くつもりでいたが、地域にとって気軽に立ち寄れるカフェも必要だと気づいたという。真由美さんは「この周辺には学習塾がなく、近所のお母さんたちから子どもの勉強を見てほしいと頼まれることがあった。わざわざ遠くへ出かけないといけない地域。カフェなど飲食店もない。だからこそ、ここでやる意味があると思った」と話し、店を開くことを決めた。

真由美さんは塾講師も務め、地域のつながりを大切にしている

相馬 真由美さん
「皆さんに食べてもらいたいです」
メニューやカフェのコンセプトは兄と一緒に考え、自家製ベーコンを使った「BLTサンド(ベーコン・レタス・トマトサンド)」をカフェの柱に据えた。農場の豚肉を使ったベーコンは真由美さんが店舗で製造したもので、BLTサンドはバラ肉、チーズサンドにはもも肉のベーコンを用いている。
「兄ちゃんと父が子どもの時に作ってくれたベーコンを参考に、サンドイッチに合う味に作り変え、提供している」と真由美さん。
学習塾は店舗営業を終えた後、週3日のペースで地元の小中学生向けに英語と数学を教えている。真由美さんは「豚肉のおいしさを伝えるだけでなく、地域になくてはならない場所としてこれからもこの場所でカフェと学習塾を続けていきたい」と話している。
おしゃれな空間で自慢のサンドイッチを召し上がれ!





「家族の味を基本に、心を込めて作っています」





熊本地震やTSMC進出の逆風で、地域との結びつきを重視
農場周辺は2016年4月に発生した「熊本地震」で甚大な被害に見舞われ、DEAPSも第1農場が被災している。農場の最大震度は6強で、8棟あった畜舎のうち3棟が全壊し、半壊4棟という被害状況だったという。車で10分ほど離れた場所に第2農場が完成したばかりだったため、吉田さんは飼養豚の保護を優先し、全頭を第1農場から第2農場へ避難させた。農場では井戸水を利用していたため、発電機を使って井戸のポンプやLFSを動かし、普段と変わらない飼育に努めた。全壊となった畜舎は2棟が建て直しとなり、残りは修繕や補修で対応した。吉田さんは当時を振り返り、「地震被害はひどかったが、壊れたものは直したり、建て直せば解決する。むしろ畜産業界を取り巻く最近の情勢は終わりが見えないだけに厳しい」と打ち明ける。
DEAPSの第1農場は長女で妹の美紀さん(46)夫婦がメインで管理し、第2農場は正社員として雇用している従業員が飼養業務にあたっている。農場全体のスタッフ数は吉田さんを含めて10人。求人しても人が集まり難い状況は菊池市も例外ではなく、近接する菊陽町に台湾の半導体製造企業「TSMC」が進出してからはさらに厳しくなったという。吉田さんは求人が難しい時代だからこそ、農業高校との結びつきが何よりも大切だと考え、これまで積極的に実習生を受け入れてきた。「先生に信頼され、情報を交換することで、優秀な生徒が来てくれることもある。生徒にとっても安心だ」
今の地盤を着実に固め未来を見据える
JA菊池で畜産を担当する畜産部畜産課係長の中原慎二郎さん(39)も、生産者の危機感を日頃から感じている。「TSMCによって最低賃金が上がり、物流拠点や倉庫などの建設ラッシュで土地や資材価格が高騰している」という。以前は母豚1頭100万円で計算できた建築費が現在は4倍に値上がりし、規模拡大のために畜舎を増設したくても諦める農家も出ている。養豚に限らず、廃業する組合員も少なくない中、中原さんは「販売力の強化とWEBでの生産管理システムを活用し、現在頑張っている方たちを組織としてできる限り支えていきたい」と、農家あってのJAだと強調する。
吉田さんは将来的な規模拡大を否定していない。ただ、その前にやることがあると力説する。「今は地盤を固めることが大切」だと。機械による自動化を進め、スタッフの技量をさらに向上させた先に、次のステージに上れるチャンスが来ると信じている。

第1農場を任されている妹の木築美紀さんと夫の鶴剰さん
次のステージを目指し、現状維持にとどまらない

PDF: 2.20 MB