牛商丑力株式会社×JAこばやし×JA宮崎経済連×JA全農
飼料生産、繁殖、肥育、加工販売まで「宮崎牛」生産販売で地域貢献目指す

2022.10

広くファンを持つ牛商丑力のロース

 原油、飼料などあらゆる資材の価格が高騰する“畜産危機”の情勢下でも、和牛の出荷頭数を増やして力強い存在感を見せているのが宮崎県小林市の牛商丑力(ぎゅうしょうぎゅうりき)株式会社だ。

 地の利を活かした自給飼料の生産と繁殖、肥育の一貫経営から、生産した和牛の加工・販売まで手がけることで経営力を強化。

 「小林市産和牛」の認知度向上を通じて地域経済の活性化にも貢献している。

自然豊かな畜産王国 地の利を活かし循環型農業

霧島山を望む牛商丑力の牧草地
開放型の牛舎
粗飼料を食む母牛と育成中の子牛
新たな牛舎建設のため、
整地も順次行っている

 宮崎県南西部の中山間地域にある小林市は、和牛生産が盛んな県内でも指折りの牛飼いが名を連ねる地として知られる。「和牛のオリンピック」と呼ばれ、5年に一度開かれる全国和牛能力共進会の前回2017年大会では、同市産は最高位の名誉賞(内閣総理大臣賞)を獲得。今年10月に開かれた第12回大会でも3部門で県代表として出品された。

 この地で和牛生産を営む牛商丑力は、名峰・霧島山麓の自然豊かな山あいで繁殖牛130頭、肥育牛880頭、育成子牛50頭、経産肥育牛80頭を飼養する。創業は1958年。先祖が山麓を180m掘削して引き込んだ湧水を活用し、地の利を活かした畜産業を営んできた。

 緑濃い森林に囲まれた牛舎の周辺に自社の牧草地20haが広がる。ここで牧草を年4、5回収穫し、粗飼料とする牧草のほぼ100%を自給する。モットーは「土づくり、草づくり、牛づくり、人づくり」。化学肥料や除草剤は使わない。代表の富永正久さんは「牛の排せつ物を土に返し、そこで育った牧草を牛に与えることでおのずと循環型農業が成り立っている」と話す。

豊かな水量を誇る湧水

【取材協力】牛商丑力株式会社宮崎県小林市細野3562-1

攻める経営で起死回生へ 逆境下に牛を増頭

 コロナ禍、ウクライナ情勢、記録的な円安…と世界規模での情勢悪化を受け、畜産業界は今、飼料代や光熱費などあらゆる資材のコスト高により経営が立ち行かない状況に陥っている。

 同社も飼料代が月200万円上昇し、採算性は悪化の一途をたどる。正久さんは「経験したことのない苦境。我々の世代が生きていく中で、最後の“ふるい”にかけられている」と顔をゆがめる。

 その中で勝機を見出しているのが、目下の子牛の価格下落。「今年は牛を100頭増やす。来年も100頭増やす。牛を入れる場所がなければ新たに建てる」と“攻め”の姿勢を崩さない。離農する農家も増える、厳しい淘汰(とうた)の時代。「ビジョンを持ったら、その通り進めていくのみ」。先を見据えて決断し迷いなく突き進む毎日だ。

確固たるポリシーをもって経営する
代表取締役・富永正久さん

牛飼いで社会に貢献 社員の意欲向上を重視

和気あいあいとした牛商丑力のスタッフの皆さん
若手スタッフがモチベーション高く働く同社

 正久さんが先代から経営を引き継ぎ、酪農から和牛生産に転換したのは45歳の頃。以来、着実に経営規模を拡大し続けてきた。「品評会に出品するような技術はないが、売上最大、経費最小を徹底し、継続した勤勉と誰にも負けない努力をしてきた」と胸を張る。現在も毎晩10時半から1時間半、牛の見回りを欠かさず続けている。

 経営を支える柱が、「うまい牛肉を腹一杯食べていただくことで社会に貢献する」という経営理念だ。「理念を明確にすることで、私も従業員も仕事の目的とやりがいを意識して仕事に取り組めるようになった」と感じている。

 正久さんは、働く人の精神的な豊かさと、物質的な豊かさのバランスを重視する。近年、取り入れたのが報奨金制度。牛を出荷した際、従業員が自身で管理した牛の格付け成績に応じて報酬を出す。突発的な仕事などでも臨機応変に手当てを出す。「牛の管理を自分事として取り組んでくれるようになった」と正久さん。従業員の瀬戸山航さん(22)は「将来は実家の牛飼いを継ぐ予定で、とても勉強になっている。報奨金はボーナスとして手取りが増えるので助かる」と意欲向上につながっている。

宮崎牛の次世代の担い手のひとりとして、
牛商丑力で修行中の瀬戸山航さん

牛飼いと“牛買い”で地域支え

 同社の“お膝元”である小林地域家畜市場。和牛子牛上場頭数は年間1万4364頭(2021年度)で、「全国でも5本の指に入るトップ市場」だ。質の高い牛が数多く上場されることから全国から購買者が訪れる市場として定着している。

 生産者の高齢化などで子牛の生産頭数が頭打ちとなる中、着実に生産規模を拡大してきた同社は、同市場の上場頭数の安定維持に一役買っている。また、同社は子牛を買い支える購買者としての存在感も大きい。家畜商の免許を持つ正久さんは「地元の牛を積極的に購入し、産地を盛り上げていきたい」と話す。同JA肥育牛課の山口貴司課長は「子牛の購買頭数や肥育牛の実績など、小林市産・宮崎牛の底上げに貢献してもらっている」と高く評価する。

JAこばやし肥育牛課の山口貴司課長

地元産和牛のファン獲得へ自家生産した牛肉を直売

 同社は2021年、新たな取り組みをスタートした。自家生産した和牛の加工販売だ。「宮崎牛」は有名でも、「小林市産」は消費者にほとんど知られていないのが実情。「宮崎牛」の普及を進めながら地元で「小林市産」も伝えていきたいと考え、市の支援を受けながら「小林市産和牛」の知名度向上を通じた地域活性化のプロジェクトに挑戦した。

 「生産者が主体となり、地元産の和牛を直売するとともに情報発信する拠点を整備する」という構想で、ふるさと納税とクラウドファンディングを活用してインターネットで支援者を募集。全国から400万円近くの寄付が集まった。

富永正久社長と息子の征駿専務
富永社長とともに全国でトップクラスの和牛生産を支える
JA宮崎経済連の瀬尾康太さん(左)とJA全農福岡畜産生産事業所の井上直俊さん(右)

 同年11月、宮崎自動車道の小林インターチェンジに隣接する物産館「四季彩館」の一角に食肉加工場を整備。「旨い牛肉を腹一杯」と筆文字で書いた巨大なのれんを店先に掲げた直売店「牛商富永」をオープンした。

 切り盛りするのは息子の征駿(まさとし)さん(28)。岡山県の酪農大学校を卒業して家業に入り、繁殖牛の管理を担ってきた。食肉加工はもとより食品分野への従事は初めてだが、「もともと、育てた牛の直売をしたいと思っていた」と前を向く。

 ここでは「宮崎牛」とともに自家生産の牛肉を「富永和牛」と銘うって販売している。霧島山麓の湧き水で育てた牛、堆肥を還元した牧草を食べた牛…、育てた牛への思いやストーリーは無限にある。そして何よりも「地元の和牛を知ってもらい、地域を元気にしたい」という思いがある。

真剣な表情で美しく牛肉を切り分ける富永征駿専務
部位ごとのおいしい食べ方を提案する「提案型販売」を実践
真空パックされた商品

 店舗自体は、市の中心地から離れた不便な立地で多くの来客は望めないのが実情だが、店頭販売がメインではない。征駿さんは「自ら牛を育てているのが強み。オンラインショップやSNS(会員制交流サイト)など販路は開拓できる」と考えている。

 事業スタートから1年近く。地元の個人客や外食、宿泊業者との直接取引やインターネット通販が堅調だ。ふるさと納税のリピーターも増えている。今後は和牛を1頭買いし、部位ごとの特徴や味わい方を伝える提案型の販売を強化する。征駿さんは「家庭でも外食店のようにおいしく食べられるよう伝え、和牛の食文化を広めていきたい」と目を輝かせる。

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