北海道上士幌町 JA全農 ET研究所
受精卵の生産と研究開発の二刀流で生産者の受胎成績向上に貢献する/北海道上士幌町 JA全農 ET研究所
2026.01

JA全農 ET研究所(ET Center)
所長:谷 政秀
設立年:1987年
本場:北海道河東郡上士幌町字上音更西6線331-11
従業員数:本場・繁殖義塾47人
飼養頭数:供卵牛・受卵牛1,400頭
生産量:受精卵供給2万5,500個/年、
受精卵移植妊娠牛供給1,100頭/年
【分場】
全農繁殖義塾:北海道河東郡士幌町上音更西3線180番地
北日本分場:岩手県滝沢市上岩手山268-10
東日本分場:茨城県笠間市赤坂22番地30
九州分場:福岡市中央区天神3-9-25 JRE天神三丁目ビル7階


JA全農ET研究所(以下、ET研究所)は、牛の繁殖効率を向上させる受精卵移植技術(以下、ET技術)を研究開発し、普及させるため設立された。受精卵・妊娠牛の供給量は、日本トップレベルの事業規模である。ET研究所では、ET技術を全国に普及させるため、ET技術の研究開発・種雄牛造成、家畜受精卵移植師の人材育成など、養牛繁殖分野に関わる事業を展開している。生産者の営農に貢献するためにET技術での受胎率向上を使命とするET研究所。その取り組みを取材した。
ET研究所の歴史は古く、1987年にET技術を活用するため、飼料畜産中央研究所内に受精卵移植研究室を立ち上げた。その後、1999年に現在の所在地である北海道上士幌町にETセンターを開設し、以来、ET技術の向上を追求して、生産者の経営安定に貢献している。
ET技術の研究開発
ET研究所の主な活動は三つある。
一つ目は「ET技術の研究開発」で、受精卵の受胎率向上を図るため、さまざまな研究テーマに取り組んでいる。
例えば「体外受精卵の受胎率向上のための技術開発をしています。受精卵の培養過程で、異常卵割をした受精卵の受胎率成績は低いことがわかっています。私たちはここに注目し、タイムラプスシネマトグラフィー(微速度撮影)技術を用いて高品質な受精卵を選別する手法を開発しました。現在、実用化に向けた技術開発をしています※」と生産開発課の白澤篤さんは話す。
※本研究は、日本中央競馬会畜産振興事業として、東京大学や帯広畜産大学と共同で研究・開発をしている。
体内受精卵の生産・販売
二つ目は、生産農家と直接かかわりのある「体内受精卵の生産・販売」で、より高品質の体内受精卵を供給するべく、技術の改良に取り組んでいる。
過剰排卵処置で発情した優良血統の雌牛に、優良種雄牛の凍結精液を人工授精させ、その後体内からその受精卵を採取。検卵により良質な受精卵を選別し、凍結処理後、全国のJAなどに出荷する。受精卵は獣医師や家畜受精卵移植師の手により移植される。
この一連の流れをET研究所で一貫して行うことで、受胎率の高い受精卵の生産と移植が可能となっている。
ET研究所における2024年度の受精卵移植成績は、7328頭に移植を実施し、受胎率は54.8%だった。これは、日本家畜人工授精師協会が発行する受胎率の報告をみても、平均より6ポイント高い結果となっている。
黒毛和種の種雄牛も造成
ET研究所は、黒毛和種の種雄牛を保有している。安価で受胎性と育種価が高い精液を生産・供給するために造成された。加えて、その精液を使用して製造された、高い成績が期待できる手頃な価格の受精卵も供給している。現在では、ET研究所のゲノミック評価(従来の血統情報等から計算する「育種価」に加え、本牛のDNA解析に基づく遺伝子情報である「ゲノム育種価」を加味した牛の能力評価)を利用して、高能力の種雄牛造成が可能となっている。それぞれの種雄牛は、脂肪交雑や枝肉重量等のゲノム育種価やそれらの総合評価を基準に選抜している。
知名度はまだ高くないが、他にも能力の高い種雄牛を保有する。特に、近年増加してきている、能力をゲノミック評価によって早め、評価・選抜し、精液供給される若い雄牛「ゲノミックヤングサイアー」は、非常に優秀なゲノム育種価を持っている。ET研究所は、高能力種雄牛の精液でも高い受胎率を実現できることにこだわっている。また、精液供給だけではなく、全農種雄牛で生産した受精卵も手頃な価格で供給する。受胎に関する選択肢の増加は、生産者のメリットになると期待している。
体外受精卵の受胎率向上の研究


白澤 篤(しらさわ あつし)さん
「ET研究所ではさまざまな研究テーマに取り組んでいますが、生産者の経営安定に貢献することが最大の目的です!」
研究開発室では体外受精卵の製造技術の向上に向け日々研究に取り組んでいる。と畜された牛の卵巣や生きた雌牛の卵巣から吸引器で未成熟卵子を取り出し、体外で授精・培養することで、受精卵製造の増産や効率化が図れると期待されている。
体外受精のメリット
- と畜された牛の卵巣を資源として活用できる
- 性成熟していない若い雌牛からも卵子を回収できる
研究の一例
体外受精卵の培養時に、タイムラプスシネマトグラフィー※を用いて、受胎率に影響する卵割の特徴を分析している。
※一定間隔(数分~数十分)で写真を連続撮影し、写真を繋ぎ合わせてコマ送り動画にすることで、時間経過を短縮して観察する撮影技術
正常卵割
通常は受精卵が2細胞、4細胞、8細胞へと卵割していく
逆転卵割
2細胞に卵割した受精卵が、元の1細胞に戻ってしまう異常な卵割

体内受精卵の製造
採卵は、過剰排卵処置をした雌牛に、種雄牛の凍結精液を人工授精してから7日後に行う。受精卵の鮮度をできるだけ保つために、受精卵採取、検卵、ストロー封入・凍結まで、一連の作業を短時間で終了させる必要がある。
採卵

「牛の負担を軽減するために、長くても20分以内に作業を終わらせます」

検卵

「大事な受精卵です。見落としがないように、複数人で確認します
受精卵生産と移植をET研究所にて一貫して行うことで、受胎率の高い受精卵を生産しています」

ストロー封入・凍結

空気を入れて封入し、凍結する
全農繁殖義塾で人材育成
三つめは「人材育成」で、後継者や将来移植師を目指す若者たちに、高い移植技術を身に付けてもらうことを目的に、全農繁殖義塾を開設している。
「品質の良い受精卵があっても移植技術が不十分であれば受胎率は向上しません。良い腕を持った移植師が必要です。人材は足りているとはいえませんので、ET研究所では繁殖義塾で家畜受精卵移植師を育成しています」とET推進課の大野徹さん。
繁殖義塾では、義塾生用に練習牛を用意し、受精卵移植の実践訓練をしている。また、移植成績は義塾生も含め移植者ごとに数値で示されるので、義塾生本人の責任感を醸成させるのに役立っている。
「受精卵移植を依頼するのは牛ではなく人です。受胎率は家畜受精卵移植師の腕が大きく影響するので、技術の習得には最も気を遣いますが、それよりも、技術者である前に一人の人間として生産者に信頼されるようになり、技術力と人間性を磨いて卒業してほしいと思っています」と大野さんは思いを語る。
ET技術で生産者の生産コスト削減と所得の向上を実現するために、ET研究所はこれからも、生産者をサポートする事業に取り組んでいく。
本誌にET研究所の記事を連載中
「ET研便り」(P18-19)
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全農繁殖義塾紹介
ET技術の普及を目指し、2016年に開塾 “家畜人工授精師”“家畜受精卵移植師” 育成(資格取得)
ET研究所は、ET技術の普及を目指して、2016年に繁殖技術研修制度の全農繁殖義塾を開塾した。研修生は、繁殖に関する座学や練習牛での実習、実際の受精卵採取・移植実習などで、家畜人工授精師や家畜受精卵移植師を目指す。

大野 徹(おおの とおる)さん
「受胎率の向上には、良い受精卵だけでなく、良い腕を持った移植師が必要不可欠です。そのため繁殖義塾では、家畜受精卵移植師の育成に取り組んでいます!」
繁殖義塾の教育方針
現場で学ぶ
義塾生用に練習牛を用意して受精卵移植の実践訓練を数多く経験させる。
受胎成績に責任を持つ
受胎率成績はすべての技術者が測定され、内部共有される。日々技術研鑽に努めることを求められる。
何より人間を育てる
移植を依頼するのは牛ではなく、生産者である。技術があるのは大前提として、生産者に信頼されるコミュニケーション能力を持った技術者を育成する。


毎日が練習であり、本番でもある

全員で能力の底上げを目指す


義塾生2年目
徳田 柊也(とくだ しゅうや)さん
「義塾は家畜受精卵移植師を目指す上で最適な環境だと思っています。先輩方に見守られる中で、緊張しつつも安心して数多くの実戦経験を積むことができます。卒業後は、地元の佐賀県に戻って収益性の向上だけでなく、家畜受精卵移植師の人材育成にも携わっていきたいです。」

義塾生2年目
近藤 春華(こんどう はるか)さん
「2年目となり後輩義塾生に技術を教える場面が増えました。移植は手の感覚で行う作業が多く、見えるもので教えることができません。「伝える」ってとても難しいですね。繁殖義塾は技術を学ぶ場としてとても良い環境がそろっているので、スキルアップをしたい人にお勧めです!」

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